安全側線だいありー3

いろいろな話をします。

103系和田岬線の引退が発表されました…という記事を引退してから書きます〜

こんにちは。

 

表題通りのとんでもない順番の記事です。

 

 

【時系列】

・明石支所での見学ツアーに参加しました(2月26日)

 ↓

103系和田岬線引退発表(2月27日)←この時点での記事を書きたかった

 ↓

・引退当日(3月18日)

 ↓

・一週間経って落ち着きましたね(3月26日)←でもこの記事を書いてるのがここ

 

びっくり!

 

 

さて、和田岬線103系が引退することになりました(←もうしました)

 

前回記事でも少し触れましたが、自分が見学ツアーに参加した次の日に引退発表があるとは思っていなかったので、少し驚きでした。

 

阪和線環状線大和路線と関西地区の主力路線から立て続けに引退し、残った奈良線から引退したのがちょうど1年前でした。


前々から置き換えの噂(どこ情報かわからないやつ)はありましたが、正式な発表。

そして置き換え車両は207系、納得です。


ちょうど明石支所にも6両編成に組み替えられた207系が居ますし、あの編成が入ることになるんでしょうか。(←なりました!)

 


いろいろ言っても仕方ないので写真コーナーです。

 

 

▲2007年7月撮影

私が和田岬線103系を初めて撮ったのがこの写真です。

明石までの回送が定期的にあるというのを知らなかったので、甲種輸送の設定がある日を狙って撮影に行ったような記憶があります。

青い103系というと阪和線のイメージでしたので、本線の外側線を爆走する姿は新鮮でした。

 

 

▲2010年10月撮影

頑張って早起きして和田岬線内にて。

運番は本来「101」運用のため、「10T」をわざとズラして101に見せているとか。

こちらの先頭の方向幕には「普通」の文字が入っています。

 

 

兵庫方には「普通」の文字は無し。

このスタイルが長く続きました。

 

 

側面幕には「普通」の文字はありませんでした。

 

 

▲2017年10月撮影

そういえば、阪和線から引退後、明石へ回送された編成がいました。

結局何にも使われず吹田に帰ってきたようですが、もしかしたら違う未来があったかもしれません。

 

 

▲2017年11月撮影

近年では明石まで行き来する回送も、方向幕の表示は和田岬線のままでしたね。

ちなみに、撮った写真を拡大すると、方向幕の指令機にテープで封印がされているのが確認できたりできなかったりします。

 

 

▲2019年7月撮影

18きっぷで出かける前に寄り道。

特徴的な「和田旋回橋」を通過するシーンを記録。

この頃には側面の方向幕も「普通」の文字が入ったものに交換されていました。

 

 

和田岬線103系の車内には広告の掲出がありませんでした。

 

 

自分のなかでは唯一の、順光の編成撮り写真。

順光になる季節や、回送列車も狙えばよかったのですが、自分には機会がなく…。

もっと気合い入れておけばな〜と今更後悔。

 

このあと、2020年1月の検査出場の際に台車がグレー色に塗装されました。

 

 

▲2023年2月撮影

見学ツアーにて。

この編成は「N40更新工事」を施工されていました。

側面窓は上下反転した黒色サッシのものに交換されています。戸袋窓ももちろんありません。

賛否ある姿ですが、私は一つのバリエーションとしてこれはこれで好きです。

環状線大和路線も、編成全部が黒サッシの編成は好きでした。(阪和線はあまり印象がない)

 

 

前面の窓枠はHゴム支持のまま。

最後はほとんどの車両が更新の1枚窓もしくは金属抑えの窓枠に交換されていたため、この姿は貴重でした。よく最後までこのままだったなと思います。

しかしワイパーは3本になっています。唯一無二の姿。

 

 

▲2023年3月撮影

そして引退が発表され、当日からはヘッドマークが取り付けられました。

最後の姿を一目見ようとたくさんのファンが訪れました。私もその中の一人。

103系といえば外観はもちろん、車内の雰囲気、音も好きでした。

この日は写真はほどほどに、動画を撮って思い出を残していくことにします。

 

 

▲2023年3月撮影

また別の日。この日は翌日に明石支所での見学ツアーがあるので、土曜日ですが回送列車の設定がありました。

私にとって最後の撮影チャンスは、山陽本線らしく海バックで。

 

 

 

トラブル防止のため、いつの間にか引退しているってことが多い昨今、引退時期が事前に発表されヘッドマークまで取り付けられるのは久しぶりな気がしました。

現場のやる気はもちろんですが、和田岬線のような性質の路線だからこそ、というのもあるでしょうか。

最終日は兵庫駅で出発式があったそうですが、引退する車両の出発式ってどこへの出発?車庫…?

よくわかんないですけど事前告知よりも延長して、夜まで走ってたらしいですね。

 

 

さて、そんなに和田岬線103系が好きだったかと言われると、別にそんなことはないんですけど、あの形の103系が消えるということに寂しいものがあります。

地元から消えた時にも、馴染みのある車両は消えちゃったけど、同じようなやつは和田岬線行けば居るからな〜とかいう思いが頭の片隅に…。

 

103系」自体はまだ加古川線播但線、そして筑肥線に残りますが、基本番台じゃないですし、改造車だったりするので…あれはもう別です。

あれもあれで好きですけど、またちょっと違う。

 

好きな電車がどんどん減っていくのは寂しいですけど、時の流れですね。

 

 

ふと気になったので調べてみました。

・キハ35形(キハ35-301)

1965年製造→(1990年改造)→2001年引退

製造から36年

 

103系クハ103-247)

1973年製造→2023年引退

製造から50年

和田岬線としては22年間だそうですが、製造からは50年!

 

103系がんばった!

 

お疲れ様でした。